「勾留における「罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由」」季刊刑事弁護98号(2019年)26頁-30頁が公刊されました。(1)現行刑訴法の立法過程を確認して、勾留の要件について、「罪証隠滅のおそれ」ではなく「罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由」という文言が採用されたのは、当該要件を厳格に判断する趣旨である旨を説明しました。(2)最高裁平成26年11月17日決定(判時2245号124頁②事件)がいう、罪証隠滅の「現実的可能性の程度」が勾留の「必要性」において考慮された意味について、勾留の「理由」を判断する際には抽象的な可能性で足りることを含意しているとして批判する見解が一定数あるのですが、そのように読むべきではなく、勾留の「理由」を判断する際にも具体的な可能性を考慮することを前提としているものとして読める旨を論じました。そのように読まなければ、判例を批判する論者にとっても望ましくないであろう運用をもたらすからです。(3)また、勾留の判断について、弁護人の肌感覚と裁判官の実際の判断に齟齬が生じる理由を、いくつか検討しました。
ご批判いただければ幸いです。
なお、今回の特集では、全勾留準抗告運動についても取り上げています。この運動に対する評価は、私の中では難しい問題です。一方では、長期的には、裁判所と弁護人の間の信頼関係を毀損し、却って不服申立が機能しなくなりやしないかという懸念を抱きます。他方で、短期的には、弁護人の予想していなかった事案での準抗告認容や勾留回避をもたらしているのも事実であり、また、準抗告に対して過度に消極的な弁護人については、その姿勢を改善する効果もあるのかも知れません。裁判所が勾留するにあたって慎重になったという効果もあるかも知れません(全勾留準抗告運動の効果なのかどうかについては、なお検証が必要だと感じます)。この運動の適否は、研究者としては、一定の距離感をもって分析する必要がありそうだと思っています。
今回の特集では、弁護士の編集委員の方々から、勾留について企画するのであれば全勾留準抗告運動を取り上げて欲しいとの依頼があり、最終的には私の方で取りまとめるに至りました。私自身は、このような運動の存在を記録として残し、議論・検討の素材を供するつもりで企画趣旨を書いた次第です。
0コメント