一橋法学の橋本正博先生名誉教授号授与記念号に、「刑事訴訟法第311条の立法過程ーー被告人質問、供述拒否権の成立」を寄稿しました。被告人質問、供述拒否権に関する先行研究を確認してみると、現行刑訴法311条の制定過程から、被告人質問や供述拒否権の趣旨を論証しているものが少なく、また、そのような研究をしているものは、リサーチクエスチョンが「なぜ自己負罪拒否特権よりも供述拒否権の方が沈黙できる範囲を拡張したのか」「なぜGHQが関与したのに、被告人の証人適格を認めなかったのか」などの疑問に応答する形で設定されていないように感じたからです。問題設定や視点が異なると、歴史的な事実のいずれを拾い上げるかや、その解釈姿勢に相違が生じうるため、改めて立法過程を私なりに追う作業をしてみた次第です。
本稿では、1948年の刑事訴訟法施行に至るまでの制定過程を追い、上記の疑問にかかわる事項を整理することを目指しました。その結果、以下のようなことを確認しました。
(1)被告人に供述を求めることが、当事者としての主張・意見を求めるものなのか、証拠としての供述を求めるものなのかについて、初期から議論があり、その曖昧さは紆余曲折がありつつ最後まで残りつづけた。他方で、主張・争点の明示も義務づけないことと連動させて黙秘の範囲(被告人が沈黙できる範囲)が検討され、包括的に供述を拒否できるもののとして位置づけられた可能性があることを確認できた。
(2)国会審議の過程からは、包括的な供述拒否権を認めることで、①旧法下の被告人訊問のような証拠方法としての地位を改めて、被告人の当事者としての地位を確保し、②被告人供述に依存しない立証を促すことにもその眼目があったことを確認できた。
(3)被告人供述に依存しない立証を促すことを徹底するならば、被告人に証人適格を認めた上で、被告人が証人とならないことを各事件で選択するという方法もありえた。その理由は、立法過程からは明らかにならなかった。この場合には、被告人が沈黙する公判がもたらされるが 、弁護のための諸制度が充実していない状況下においては(あるいは旧法からの過度の断絶をおそれる実務的な感覚からすれば)、そのような大きな転換は回避したかったのかも知れない。あるいは、被告人が証人となることを選んだ場合に、旧法の被告人訊問に類する状況が再現され、被告人に対して糺問的な訊問となることをおそれたのかも知れない。これらの可能性が立法過程からは残るように思われた。
脱稿後、小川佳樹「被疑者・被告人の包括的黙秘権」『早稲田大学法学会百周年記念論文集第3巻・刑事法編』(成文堂、2022年)253頁以下に接しました。同論文は、アメリカ法の状況と日本の学説の議論状況を丹念に分析しています。
近日中に、大学のリポジトリにPDFファイルが公開され、無料でダウンロードできるようになる予定です。ご批判いただければ幸いです。
【追記:2022年12月8日】
大学のリポジトリでダウンロードできるようになりました。
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