書籍:刑事捜査法の研究

このたび、一橋大学法学研究科選書として出版助成を得て、掲題の書籍を日本評論社様から刊行することになりました。刑事捜査法についてこれまで書いた論文・判例評釈について可能な限り加筆したものを収録するとともに、刑事捜査法の理論史にかかわる論文を書き下ろしで収録しております。目次などはリンク先の出版社サイトをご覧いただければ幸いです。

誰かに論文集の刊行を促されたわけでもなく、率直に言えば、研究を進めていくほど、書籍化することに迷いも強くなっていました。他方で、大学を転々と異動してきた結果、きちんと機会をつくらないまま研究書の刊行を怠ってきた気もして、研究者としての責務を果たしているのかという気持ちもありました。

きっかけは、新型コロナウイルス感染症の流行初期に、種々の社会的な活動が停滞する可能性が高いと見込んだことにあります。社会的活動が停滞するならば、書籍のために加筆する時間もとれるかもしれない(実際には完全に見込みは誤っていました)。また、初めて論文を書いたときから20年経とうとしていたため、自分の研究を振り返って反省する節目になると考えたことも、出版助成に応募する動機となりました。

以下、本書の「はしがき」のみ転載致します。本書をご笑覧の上、ご批判いただけますと幸いに存じます。

-------

 本書は、私がこれまで書いた論文の中から、刑事捜査法に関する論文を選んでまとめたものである。また、課題として残していた点を補うために、書き下ろしたものを含む。

第1編は、監視型捜査にかかわる論文を収める。監視型捜査を検討することは、法定主義や令状主義について考えることにもつながる。捜査法の重要な原則との関係を視野に入れて、総論的な問題を含めて検討する点で、本書の冒頭に配した。

 第2編は、対物的強制処分である捜索・差押え・検証にかかわる諸問題にかかわる論文を収める。強制処分として手続的な保障が及ぶ範囲、令状主義の限界にかかわる問題を扱う。また、令状主義の保障が解除されて、捜査機関と被処分者の利益が鋭く対立しうる場面における捜査機関の裁量統制の在り方を、各論的に検討する。

 第3編は、対人的強制処分である被疑者の逮捕・勾留に関係する諸問題を扱う論文を収めている。逮捕・勾留とそこからの解放手段に関する問題を扱うものを主として収録した。刑事訴訟法の2016(平成28)年改正は、未決拘禁に関する制度が大きく変化する機会であったが、未決拘禁についての改正は小幅なものにとどまった。その背景を分析することは、日本の刑事司法制度の特色を確認するためにも有益だと考えて、その議論の様子を分析したものも収録した。

 第4編は、参考人からの供述採取にかかわる問題を扱う論文を収める。具体的には、黙秘権保障の問題と司法面接の問題について取り上げる。いずれも日本の被疑者取調べの特徴を照射する側面も有している。

 第5編は、捜査法に対する法学の機能として、学説史にかかわる論文を収める。先人によって構築されてきた学説を俯瞰的に検討する論文を配した。第5編で論じた内容は、捜査法の諸問題を読み解く視点を設定し、問題を解決するための理論的なアプローチを考えるために意味を持つものと考えている。

 本書に収録した論文の多くは、そのときどきの課題や必要に迫られて執筆したものである。上述したように、刑事訴訟法の2016(平成28)年改正についての議論が展開されている過程で執筆した論文が複数含まれている。しかし、本書で取り上げた問題は、一過性の問題ではない。今も検討の継続を要する問題だと考えて、本書に収録した。他方で、被疑者取調べ固有の問題を取り上げた論文をはじめとして、触れていない重要な問題も残っている。また、状況が変化し続けている問題も含まれている。それらの研究は他日を期したい。

 なお、本書に収録した論文は、初出時のものに対して、本文や脚注に加筆している。加筆の程度・分量は論文によって大幅に異なるが、できる限り引用文献の更新を含めて対応するように努めた(ただし、最初に刊行した論文である[8]については、私の対応の限界もあって、表現の修正にとどめている)。

 私が初めて論文を公刊した時から20年が経過した。もともと無令状で行われる捜索押収を研究の出発点として、捜査法の各論的な問題の研究を行ってきた。

 本書の内容は、設定した出発点が影響して、対物的強制処分やプライバシーにかかわる研究の比重が大きい。しかし、少しずつ研究対象の範囲を広げていき、対人的強制処分、そして捜査法の総論的な内容を扱う論文をいくつか執筆する機会を得た。恩師から大学院生の頃にうかがった、「一見すると小さな問題のように見える現象が、実は大きな問題や基本原理の解明につながっていることに気づかされるような論文は面白い論文だと思う」という言葉は、自分にとって研究の足がかりの1つとなった。各論的な問題を出発点に据えて基本原理を描出し、あるいは基本原理の有する命題を様々な各論的な問題に展開させるということを意識して論文の形にすることが、私にとっては理想の1つである。本書全体を通じた研究の結果が、果たして「大きな問題や基本原理」の解明、あるいはより根本的な問題の提起につながっているといえるのか否かは、読者の評価を待つほかない。刑事捜査法の理論と実務において、本書が少しでも独自の意義を有することを願っている。

 本書に収録された論文は、学部の演習から今に至るまでご指導いただいている後藤昭先生をはじめとして、多くの研究者・実務家・大学院生の方々との出会いと意見交換の賜物である。また、本書に収録された論文の多くは、執筆の機会を編集者や編者から与えられることによる。本書の編集は、そのような機会を与えてくださった方の1人である、日本評論社の上村真勝氏による。上村氏には、(私の体調不良等によって生じてしまった)時間的制約がある中での編集作業を強いることになり、多大な負担をおかけすることになった。おかげで、一度は刊行を断念しかけたところを、刊行に漕ぎ着けることができた。さらに、一橋大学大学院法学研究科博士後期課程の吉村千冬氏と乾直行氏は、本書の校正のためにその貴重な時間を割いて下さった。また、本書は刊行にあたって、一橋大学大学院法学研究科により、同研究科選書として出版助成を受けた(また、本書に収録された論文は、科学研究費研究課題21330017、同24730050、同15K03166、同18K01312、同21K01193による業績を含んでいる)。この間、要所での家族からのサポートに、文字通り支えられた。

 このように、多くの方々のおかげで本書は刊行された。そのすべての方々の名前をここに記すことはできないが、心からの感謝を申し上げる。